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■ インドネシア 原子力法成立の経過とその後■

宇野田陽子


  2月26日、インドネシアの国会でとうとう原子力法が成立してしまいました。

  500の議席に対して、その時出席していた議員はたった75人でした。ほとんどの議員は、(これはインドネシアの国会ではさほど珍しくないことなのですが)委任状を提出して欠席していました。その委任状を提出した議員の多くは、同じ日に承認されるはずだった麻薬取締法に対する賛成を表明していただけで、あわせて原子力法案が承認されてしまうことを知らない議員も多かったようです。国内で激しい議論になっている法案であるだけに、他の法案と抱き合わせで通過させてしまおうという姑息な手段に出たわけです。

  議場では、昨年日本に来られたこともある民主党のミレ・プリヨンゴさんだけが、最後まで反対を続けました。承認されてしまう最後の最後まで、彼女は法案の問題性と、たった15%の議員しかいないところでなされる承認など認められないとの主張を繰り返しました。ミレさんは、「委任状が出されているので開会の条件は満たされている」とする議長に対して、二つの法案の審議が行われるにもかかわらず委任状にサイン欄が一個所しかなかったことの不当性を追及しました。しかし彼女は下院議長および自らが属する民主党の幹部からも非難を受け、党の規約に反したという事で制裁を加えられる可能性があります。

  その日国会の前では、反原発グループのメンバー数十名がプラカードを掲げてハビビ(技術研究担当大臣・原発推進側の大物)を待ち受け、入場しようとするハビビにシュプレヒコールを浴びせました。たった一人で最後まで反対を貫いたミレさんに対して、インドネシアの反原発運動の人々は、心から声援を送っていました。しかしその後インドネシア海軍がミレさんの自宅におしかけ、家の中を荒らしていったというのです。幸い、本人に怪我などはなかったのですが、彼女は20年もの間住み慣れた自宅を追われることになってしまいました。こんな卑怯なことが許されていいのでしょうか? ミレさんの身に起こったことだけではなくて、インドネシアに原発建設計画が浮上して以来さまざまな苦しい状況が引き起こされています。

  その後3月11日になると、ハビビ自身が原発建設を2020か2030年、もしくは3000年(!)まで延期すると公式に発表しました。これを事実上の白紙撤回とする見方もありますが、反原発運動側は全く警戒感をゆるめていません。実際、その後も原子力庁長官が「インドネシアにはすでに原子力の専門家が充分いる。いつでも原発を稼動させられる」などと発言して物議を醸しています。

  最近、原発建設計画を中心的に推進してきたハビビの政治力が著しく低下しています。これまでインドネシア国軍は原発建設に反対の立場を取ってきましたが、もちろんそれは反ハビビという点で難色をしていただけだと考えられます。今後、ハビビの失脚とともに原発計画がなくなるのではなく、その推進者が誰か違う勢力に取って代わられたとき何が起こるのかということも注意深く見て行かなくてはならないのではないでしょうか。

  インドネシアでこの間起きてきたことを思うと、原発の問題が「エネルギー問題」なんかでは全くないことが明らかです。国内のあちこちで暴動が相次いでいるインドネシア。5月の総選挙、秋の大統領選挙を控えて、スハルトは反対勢力に対して容赦ない弾圧を行っています。

  このような状況に、私たちはこれ以上手を貸してはならないと思います。

ミレさんから来た手紙の最後にはこう書かれていました。

「まだまだ希望はある。必ず原発建設は止められる」

 


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