【総統就任式】 カリスマではなく

titlel.jpg (26487 バイト)

【総統就任式】
カリスマではなく

  TVを見ているとプレ・セレモニーの段階からすでにリアルタイムで中継していたので、TVでもいいかな、とも思ったのだが、やはり現地で人々の感触を感じたかったので、総統就任式に出かけることにした。私が泊っていた台北駅前のYMCAから総統府まではジエユン(地下鉄、MRTとも)で一駅。歩いてもすぐだが、また迷って228和平公園に行ってしまうといけないので、ジエユンに乗った。
  駅から出るとすでに多くの人が歩道の脇に腰をかけて総統府から流れてくる音を聞いている。
  総統府前の大きな広場の前方には椅子が並べられ、そこは来賓席となっていて、ふつうの人は入れない。何度かそこに入る許可証を都合しようかと台湾の人にいわれたのだが、私はそれを断った。某都知事とは違って、私は民衆の側にいるべきだと強く思ったからだ。実際、都知事の来台は、日本人としての贖罪の責から長く抜け出せなかった私を再び、ひどく傷つけた。彼と同じエリアに存在するわけにはいかない。

  前日、私は台湾環境保護連盟の人々と、近くにある別の環境保護団体の若い女性とランチを食べていた。私があえて独立について聞くと、彼女は、私は戦争を恐れていない、と言い放った。耳を疑ったが、何度もそういう。
  これは時間のかかる問題なんだ、戦争で得るものは何もない、武器商人が喜ぶだけだ、中国とは戦争ではなく、信頼関係を築くことによって初めて台湾の立場を確立させることができる、あなたの国には誇れる技術と、伝統と、大陸の人々をも魅了するシンガーがいるじゃないか。私がそう言葉を荒げると、彼女はこういった。

「私、日本の歌手のほうが好き。あなたと交代できたらいいのに。」
私は言葉を失った。

tw_0064.jpg (87988 バイト)

  総統が出てきた。大きな拍手がわき起こる。民衆の場所からは遠くて、肉眼ではほとんど姿は見えない。両脇に2つづつ、野球場にあるような巨大なスクリーンがあり、そこに総統の姿が映し出される。みんなが立ち上がる。私の大好きな歌手、張恵妹(愛称あ・めい)がフルオーケストラをバックに国家を歌う。原住民族の彼女は、大陸でもCMソングを歌うなど広く知られ、今では押しも押されもしない台湾を代表するPOPS歌手になった。

  国歌、つまり国民党の歌を民進党の総統の就任式で、原住民族の歌手が歌う。実に奇妙なシチュエーションだが、張恵妹は堂々としたよくひびく声で国歌を歌いきった。

  この後、5月25日になって、この日に国歌を歌ったために彼女の大陸でのCMはすべて中止され、コンサートやレコード販売も少なくとも今後3年間は禁止される、というニュースが流れた。
  私が望む歌による交流さえ、この海峡の両岸には許されないのだろうか。
  私はあの日の張恵妹を思いだして、おそらく百も承知だったのだろうと思う。そして、彼女にはそれを越える力と覚悟があるのだと。総統府の正面には蒋介石の肖像が掲げられている。国旗ももちろん従来通り。その一部は国民党の旗そのものだ。

tw_0062.jpg (107203 バイト)

  就任演説が始まる。話題の切れ目切れ目で、拍手がわき起こる。しかし、思ったほどの興奮や高まりは感じられない。これは後から分かったことだが、中国との関係について民進党の綱領に制約されないなど、かなり妥協的な発言が続いたためだった。しかも、演説は台湾語ではなく、北京語だ。
  しかし、私にはそれがよく考えられた結果だと思える。十数パーセントとはいえ、政財界の中枢を多くしめる外省人を敵に回して国の運営はできはしない。ぎりぎりまでの妥協の道を探り、長期政権を築くことが必要だと総統は判断したのだ。

tw_0063.jpg (77105 バイト)

  30分を過ぎたころから、それぞれに話をしだしたり、数人、数十人と引き上げていく人がいる。しかし、表情はみんな明るい。
  少なくとも総統はカリスマではない。そして、それはとてもいいことだと思う。

tw_0043.jpg (71653 バイト)

 

tw_0044.jpg (65642 バイト)

 

<戻る>